レオママの梅

その他
03 /31 2013
レオが生まれたのは梅の木の下でした。
レオママもここで生まれて育ったそうです。
その梅の木が建て替え工事のためにとうとう伐採されました。
住人の立ち退きが去年から始まり、そろそろ切られるかもと思ってはいましたが、今年は花を咲かせる直前に重機で伐採されてしまいました。

写真は去年の物です。
近づくと良い香りがして、桜よりもこの梅が私は好きでした。

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この梅が咲くと、レオママのことを思い出します。
レオママは2009年2月までは、ここで生きていました。
この年は今期の冬のように寒波が何度も来て、寒い冬だったことを覚えています。

生粋の野良猫だったレオママ。
不妊手術後、我が家で過ごすことも考えたけど、ケージの中で暴れてしまい、家猫は無理と判断して元の場所へリリースしました。
レオママがいる場所の建物がいずれ取り壊されることは分かっていたので、それまでには信頼関係を築いて保護したいと思い、毎日餌やりに通っていました。

2009年の2月、餌場に来なくなったレオママを探して、見つけた時はぐったり状態、目を開けるのもつらそうでした。食欲はなく、何を与えても食べてくれない。
病院に連れていきたいのに、どうしても捕まえることが出来ず、毛布や使い捨てカイロを敷き、いろんな食べ物を持って行きました。
数日後、コーヒーミルクだけ飲んでくれて、その2日後には私の姿を見て餌場に来て、ウェットを食べてくれました。

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それからはまたいつものように餌場に毎日出てきてくれ、ご飯を食べてくれたのですが、2週間後、突然姿を消しました。
いろんな場所に潜って探したけど、見つかりませんでした。

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今思えば、私がしていた行為は住人にとって迷惑だったと思います。
だから、餌場に生ごみをまかれたり、人間の便を置かれたり、水の器を割られたり捨てられたりしたんだと思う。
その時はなんてひどいことをするんだろうと思ったけど、今は理解できます。
住人は被害者、私が加害者だったのだと。

話し合いで餌やりを理解してもらったと思っていたけど、そうではなかったんですよね。

私が餌やりに来ていた時間は1日のうち数分、通いでした。
私が帰った後、レオママはそこでどんな目にあっていたんだろう。

レオママがいなくなって、自分がやっていたことを冷静に考え、以後、私は野良猫に餌やりをしないことにしました。
無責任に野良猫と関わってはいけない、そう思ったからです。

レオママにはたくさんのことを教わりました。
捕獲器を使ったのも、この猫が初めてでした。
動物病院が野良猫に対して、とても冷たいことも知りました。
行政も同じでしたね。


レオママの息子であるレオは家猫修行に成功して、家族にだけは甘々になり元気にしています。
レオママは4年生きられませんでした。レオの兄弟猫も生後4か月で車の下で死んでいました。
レオは今年の夏で6歳。

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レオママと兄弟の分まで幸せになって欲しいです。


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キュウ

懸命に生きている野良猫たちを見守りながら、時々、個人で野良猫の相談、T.N.R(Trap:捕獲 Neuter:不妊手術 Return:元の場所に戻す)、不妊手術の啓発、里親探しのお手伝いをしています。

時間がある時にCCP(Chigasaki cat's protect)の活動を手伝っています。

野良猫の苦情・不妊手術等は茅ヶ崎市保健所環境衛生課環境衛生担当へ、保護に関してはCCPに直接ご相談ください。